韓国でロマンポルノ

 もうすでに3月号が店頭に並んでいるのでちょっと古い話になるのですが、「文藝春秋」2月号の巻頭随筆に寺脇研さんが「韓国でロマンポルノ」という一文を載せていました。
 昨年11月、韓国ソウルの映画館で日本の文化庁主宰の日本映画上映会が催され、そこで1965年から1998年の間に製作された日本映画44本が上映されたことの報告の文章でした。
 この上映会の少し前、新聞に「今度、文化庁主宰で韓国で日本映画の連続上映が行なわれる。上映されるのはこんな映画だ。」という記事が載り、上映される映画10本程度の題名が載っていました。
 私はその記事の中の映画作品名を読んで、少し首をかしげたものでした。記事に名のあがっていた映画の題名は今では「新幹線大爆破」(1975年)以外正確には思い出せないので寺脇研さんが書いている文章に出てきている作品名を抜き出させてもらいます。
 「ホワイト・ラブ」(1979年)、「桃尻娘」(1978年)、「ラブ・スト−リ−を君に」(1988年)、「がんばっていきまっしょい」(1998年)、「兄貴の恋人」(1968年)、「ヴァイブレ−タ」(2003年)、「チルソクの夏」(2003年)。
 誤解されないようにいっておくと、これらの作品の出来不出来を問題にしているのではありません。
 韓国で日本映画が全面解禁されたのは、寺脇さんも書いているけれど、わずか1年前なのです。今回の上映会で日本映画をはじめて目にしたという人も多かったのではないかしら。初対面の人と会う時は、皆さん、普通だと、あまりくだけた格好ではなく、それなりの身なりをして出かけませんか。そういう意味で、今回の上映作品選びはもう少し堅苦しいほうが良かったのではないかと思えて仕方ないのです。
 いったい誰が中心になってこのような作品選びをしたのだろうと思っていたのですが、寺脇さんの文章を読んで合点が行きました。寺脇さんならやりそうな選考です。
 「寺脇研」という名前を知ってからかれこれ30数年になります。私も高校から大学にかけての時期、他の多くの人と同じように映画青年でした。徳島にいた高校時代は郵送で「キネマ旬報」を定期購読し、上京してからは当時飯倉辺にあったキネマ旬報社にたびたび行ってはバックナンバ−や増刊号を買いあさっていました。白井佳夫さんが編集長をしていた時代です。当時寺脇研さんはしょっちゅう「キネマ旬報」に投稿していました。彼は私より2歳年上なだけなのだけれど、高校時代(鹿児島ラサ−ル)からすでによく「キネマ旬報」に投稿していたらしい。
 正直に言うと、寺脇さんの映画評と私が映画を見て感じたり考えたりしたこととの間にずいぶん開きがあって、彼の文章に共感することは少なかった。
 当時は彼がキャリアとして文部省に入省していることなど知る由もありませんでした。そのことを知ったのは、偏差値撲滅のため奔走しているということから彼が「ミスタ−偏差値」との異名をとっていた頃です。知ったときは「へ?あの人、文部官僚になってたの」という感じでした。数年前の新学習指導要綱決定の時は軍隊で言う佐官クラスになっていて、「ゆとり教育」路線への変更は主に彼の舵取りのもとで行われました。
 その「ゆとり教育」は現在「どうもよろしくない」との評価が7割に達しているようで、わずか3、4年で変更の方向に向かっているような状態です。
 教育というのは人を作る作業で、機械部品を作るように「こうやればうまくいくだろうと思ってやってみたけれど、どうもうまくいかなかったようで欠陥品が出来ちゃいました」なんて言い訳は許されない世界です。それだけに、ともすれば「無難に今まで通りやっていこう」という保守的な考えが支配的になりがちで、思い切った改革のしにくい世界でもあり、そういう点では寺脇さんを擁護したくなることもあります。
 しかし最近とみに児童の学力低下がいわれ、平均学力の世界ランキングが大きく落ちたとなると、とたんに教育方針を元に戻す方向に動こうとする。「ゆとり教育」を前面に押し出した段階から、これまでのような学力テストの平均点が下がることは予測できていたはずです。「テストの点が悪くてもいい、今までの点取り教育では育てられなかった個性的な才能を育てるのだ」というのがそもそもの「ゆとり教育」の目的ではなかったのですか、といいたくもなるし、トップの文部科学省の方針がそう簡単に右に左にブレていて大丈夫?と思ったりもします。ああしてみようか、それともこうしてみようかといった感じで教える側に確固たる信念がなければ、教わる側がかわいそうです。そんなに軸がブレまくるぐらいなら、最初から「教育とは子供の頭の中に知識という部品を詰めて詰めて詰め込むことです。手持ちの部品が多いほど、それを組み立ててできる製品の種類も性能も多種多様なものになるのです」と言い切る職人先生のほうがずっとましではないでしょうか。
 国の教育問題に関しては私自身考えがしっかり固まっておらず、大体この文のテ−マでもないのでこれ以上深入りは避けます。
 寺脇研さんは2002年からは文化庁文化部長になっていて、またNPOの「日本映画映像文化振興センタ−」の一員としての活動もしているそうです。
 新学習指導要綱の時はよく「民意の支持が大事」といっていました。民主主義というものへの深い理解から発せられた言葉なのか、単にうまくいかなかったときにその責任を国民に転嫁するための伏線として言っていたのかはわかりません。(外務省のお役人なら「ポピュリズムへの迎合」という言葉で非難しそうです。)
 少なくとも今の立場は「ゆとり教育」のときほど「民意の支持」にはこだわらなくてもよいようで、今回韓国で上映された日本映画は(44作品のリストすべてを見たわけでないので断定的なことは言えないのですが)寺脇研さんの好みが濃厚に反映されているようです。
 上映会のスポンサ−が私企業だったら何の文句もありません。上映会がすでに10数回も行なわれていて韓国の人も日本映画のことをそこそこ知っているという場合も「こんな映画も日本にはあるんですよ」というかたちでいいと思います。
 主宰が「文化庁」という日本国を代表する機関であり、しかもこれが韓国ではじめての日本映画の集中上映会となると、やはり「キネマ旬報」ベストテンの上位に選ばれたような、いわゆる「名作」を持っていってもらいたかったと思うのは私だけでしょうか。
(「キネマ旬報」ベストテンに選ばれた作品だけがいい映画と思っているわけではありません。そもそも作品に点数・順位をつけること事態が無理のある行為ではあります。ベストテン選考などは年に一度の「お祭り」に過ぎません。誰も評価しなくても、見た人が感動した作品がその人にとっての名作です。ですが、どうしても日本を代表する映画をピックアップしなければならないときには、広くアンケ−トを募る方法もあるけれど、とりあえず代表的な映画誌のベストテンを参考にするのが手っ取り早い方法だと思っています。)
 いずれにせよ、これから韓国で上映される日本映画の数が増えていって、日本の本当の姿を少しでも多くの韓国の人に知ってもらえるようになって欲しいものです。