ロバート・ボルトのこと

きょう「花咲くチェリー ロバート・ボルト戯曲集」という本を店に並べました。


 ロバート・ボルト(1924-1995)といってもあまりなじみのある名前ではないと思います。
 この本には表題作の「花咲くチェリー」(木村光一訳)と「すべての季節の男」(小田島雄志訳)の二作品が収録されているのだけれど、この二作品以外で日本で翻訳されたり公演されたりした彼の戯曲があったのかどうか。
 この文を書くにあたってインターネットで少し調べてみましたがよくわかりませんでした。(本のカバーの折り返しに彼が書いた戯曲の題名が10作近く書かれてはいます。)

 
 イギリス人である彼の名前は、少なくとも日本では、劇作家としてより映画のシナリオライターとしてのほうが有名でしょう。(といっても熱心な映画ファンの間では、という前置きが必要かもしれません。監督までは目をとめても、脚本家までみる人はかなりすくないと思う。)
 彼はデビッド・リーン監督と組んで「アラビアのロレンス」「ドクトル・ジバゴ」「ライアンの娘」という大作を世に送り出しました。
 そのどれも脚本家ロバート・ボルトの骨太な脚本と監督デビッド・リーンの繊細な感性がうまくマッチして見事な作品に仕上がっています。
 またこの本にも収められている戯曲「すべての季節の男」はボルト自身の手によって脚色されフレッド・ジンネマン監督の手で映画化されました。自分の宗教的信念から時のイギリス国王ヘンリー8世の行動に断固反対し断頭台の露と消えていったトマス・モアが主人公の人間ドラマで、そのときの日本題名は「わが命つきるとも」。
 ジンネマン監督も、ていねいにていねいに描写を重ねていって人間を描く人で、この映画もなかなかの秀作に仕上がっていました。
(話がそれますが、オードリー・ヘップバーンの映画の中で私が一番好きなのがジンネマン監督の「尼僧物語」。ジバンシーのはなやかな衣装を身にまとったオードリーよりも、ほとんどのシーンが尼僧服姿のこの映画のオードリーがずっと鮮烈な美しさを私の脳裏に残しています。)
 またボルトは「レディ・カロライン」という映画では監督も経験しています。
 彼がシナリオを書いた映画では、「アラビアのロレンス」と「わが命つきるとも」がアカデミー賞作品賞を受賞し、また彼自身「ドクトル・ジバゴ」と「わが命つきるとも」でアカデミー脚本賞(脚色部門)を2度受賞しています。


 ロバート・ボルトがそういう人なので、この本を店の棚に並べるにあたってよっぽど「映画の本」の棚に置こうかと思ったのですが、結局は外国の文学の棚に置きました。


 この本が日本で出版される10年以上も前に映画「わが命つきるとも」は公開されているのだから、もし私がこの本の発行者なら本の題名を「花咲くチェリー ロバート・ボルト戯曲集」ではなく、翻訳者である小田島雄志さんの了解を得たうえで「わが命つきるとも ロバート・ボルト戯曲集」にしただろうと思います。
 「花咲くチェリー」ではあまり食指の動かない人の中にも「わが命つきるとも」の原作戯曲なら買って読んでみようかという人が必ずやいると思うからです。
 げんに映画公開後の芥川比呂志さんらの舞台公演でも、題名が原題直訳の「すべての季節の男」ではなく、わかりやすい「わが命つきるとも」にかえられています。
 (それでもこの本は初版から5年後に出た第2刷ですので、発行者の当初の読みよりかはよけい売れたようですが。)


 この文を書いてきたのも、「これは映画『わが命つきるとも』の原作戯曲が収められた本ですよ」とさりげなく伝えたくてだったかもしれないと今おもっています。


 なお、ロバート・ボルトはイギリス人女優のサラ・マイルズと結婚していました。
 それは間違いないのですが、私には彼が亡くなる前に二人は離婚したような記憶がある。
 その記憶があっているか間違っているかインターネットでいろいろ見てみましたが、とうとう確認できずじまいでした。


 (「花咲くチェリー ロバート・ボルト戯曲集」はすでに売れてしまっています。あしからず。)