司馬遼太郎論

この秋は司馬遼太郎さん関連の本を何冊かまとめて読むことが出来ました。
司馬遼太郎作品の武士道 北影雄幸著
坂の上の雲」に隠された歴史の真実 福井雄三著
司馬遼太郎という人 和田宏著
司馬さんは夢の中 福田みどり
それから小学館が出している「サライ」の11月4日号でも司馬さんの特集を組んでいました。
リンクを張るつもりでアマゾンを検索していたら、「司馬遼太郎の『武士道』」(石原靖久著)なる本も出ているそうな。
北影雄幸さんの本の題名と石原靖久さんの本の題名は、「作品」という字の有無と「武士道」のところにカギガッコが付いているかいないかだけの違いで、声に出していうとほぼ同じじゃないですか。光人社平凡社と出版社は違うとはいえ発行日が8月下旬と9月とほぼ同じなのだから、出版社ももう少し気をつけて欲しい。出会いがしらの事故みたいなもので、気がついた時には題名を変えたり発行日をずらしたり出来ない段階だったのでしょうけど、こういう紛らわしい出版で一番迷惑をこうむるのは購読する人です。これから本屋さんに注文して取り寄せてもらおうかと思っている人は、じゅうぶんに気をつけてくださいね。アマゾンを使ってインタ−ネットで取り寄せるとミスは少ないかも__と、これはアマゾンの宣伝。
「『坂の上の雲』に隠された歴史の真実」は司馬さんはこう書いているが実際はこうだった、という内容で、まあ司馬さんの「坂の上の雲」を「小説」として正しく読んでいる者には、参考程度の本です。
しかし、司馬さんの小説が歴史そのものだと思っている人が多いのでしょう。司馬さんだって小説を面白くするために、部分的に誇張もしてあれば省略もしてある。解っていないところは創作もしてある。だからこそ作品が面白くなっているところが大いにあります。
例えば、今年NHKの大河ドラマでやっている新選組。この新選組ブ−ムの火付け役を担ったのが司馬さんの「燃えよ剣」と「新選組血風録」。この二作品を読むと、土方歳三ってさわやか、新選組ってかっこいい、となります。
しかし、実際の新選組はもっと恐くって、京の町ですれ違う際には皆目線を合わせないようにしていたチンピラヤクザのような存在だったと思います。内部抗争、だまし討ち、粛清、拷問などが行なわれていて、またその組織が歴史上で何を成したという存在意義もほとんどなく、学校の歴史の教科書に出てこなくても当然の集団だったと私は解釈しています。土方歳三にしても陰湿な冷たさが感じられて、正直いい印象をもってはいません。
だからといって、じゃあ新選組が幕末の京の町にいなければ京の町は穏やかな町だったかというと、攘夷の軍資金集めに名を借りて押し込み強盗を働くようなひどい「志士」たちのせいでやはり治安は乱れていて、幕府が「毒をもって毒を制する」かたちで京都に投入したのが「新選組」だったわけですね。
その「新選組」と副長「土方歳三」を描くに当たって、司馬さんは新選組の残忍なエピソ-ドとか卑劣な行動の記述は丁寧に除いてある。食べやすくするために骨をきれいに取り除いてある魚のようなものです。司馬さんが描きたかったのは、当時ほとんど失われていた「士道」を体現しようとした土方歳三であり、非人間的な組織の中で人間的に生き死んでいった隊士たちの姿だったので、読者に嫌悪感を催させるような描写は避けたかったのでしょう。
それと、これは司馬さんの全ての作品にいえることですが、物事を判断するのに感情をもってしては判断を見誤る、冷静に論理的合理的に判断しなければいけないとの考えから、陰惨なシ−ンほど客観的にさらりと描いてある。「国盗り物語」の信長の伊勢・長島や延暦寺の殲滅作戦の場面でも、それだけで信長に読者の憎しみが向かわないように配慮されているし、あの、魅力的に創造された「竜馬がゆく」の主人公坂本竜馬の暗殺シ-ンですら、暗殺者に憎しみの目を向けていません。
繰り返しますが、司馬さんの小説は、小骨をきれいに取り去った魚、つまりは歴史の入門編なのだと思います。骨を取り除いた加工品で魚のうまさを知ったら、次は背骨も小骨もついているふつうの魚を食べるべきです。そうしないで骨なし魚だけ食べて魚の味を論じていたら、おおもとの魚というものの理解に欠けた部分が出てくる。魚にはウロコもあればヒレもある。苦いハラワタも骨も付いているものです。
司馬さんの小説は常に中心となる「人物」と、その人物が生きた「時代」という二人の主人公がいて、その双方を解りやすく魅力的に描いているので、作品を読むとついついその時代まですべて理解できたような気になってしまいます。司馬さん自身はひとつの時代を見るのに、前から後ろから上から下から複眼的に眺めた上で、その本質的なものを作品の中で解りやすいように端的に提示していますが、読むほうはそれを無批判に鵜呑みにするのじゃなく、司馬さんが行なったような複眼思考を、追体験で行なわなければいけないと思います。
坂の上の雲」の時代は「足尾鉱毒事件」の時代でもあったことを理解したうえで、総合的に明治時代を考える、そんな能力を身につけた人が増えてくると、司馬さんも草葉の陰から「ああ日本人も少しよくなってきたな」と思ってくれそうに思います。
案の定、長い文章になってきたので、(というか、14日の夜中に書き始めてすでに15日の朝なので、続けて書くものの、)続きは15日付の日記のペ-ジに回します。

司馬遼太郎作品の武士道

司馬遼太郎作品の武士道

司馬遼太郎の「武士道」

司馬遼太郎の「武士道」

「坂の上の雲」に隠された歴史の真実―明治と昭和の虚像と実像

「坂の上の雲」に隠された歴史の真実―明治と昭和の虚像と実像

司馬遼太郎という人 (文春新書)

司馬遼太郎という人 (文春新書)

司馬さんは夢の中

司馬さんは夢の中