淀川長治さんと「友の会」の思い出

映画評論家の淀川長治さんは、生前、ずいぶん長いあいだ「友の会」という映画ファンとの交流会をおこなっていました。
彼が「映画の友」という映画雑誌の編集長をされていた時に、読者との親睦を図るために月に一度会合をもったのがその始まりと聞いています。(「映画の友」は今の「スクリ−ン」「ロ−ドショ−」のような月刊誌でした。)
1972〜3年ごろ(昭和47〜8年ごろ)、私は東京に暮らしていて、この淀川さんの「友の会」に一年ほどではありましたが出席させてもらいました。
古い話なので細かいところは記憶違いもあるかもしれませんが、この会に出席するためのお金や資格は全くいらなくて、淀川さんのお話を聴きたい人、そしてやって来られる人なら誰でも参加できました。
私が参加させてもらっていた時の会場は、赤坂溜池のアメリカ大使館の向かいにある日本自転車会館。会場といってもホ−ルのような大きなものではなく、小ぢんまりとした会議場を借りて、参加者は二、三十人がところでした。折りたたみ机の周りにイスを置いて上座の淀川さんのおしゃべりを一、二時間みんなで聞くのです。月一回の極めてアット・ホ−ム的な会でした。
初めて直に見た淀川さんの印象は、思っていたとおりたいへん小柄で、テレビで見知っていたままの人でした。ただテレビの解説のときは必ず背広にネクタイでしたが(そうでない時もあったのかも知れませんが私の印象では必ず背広ネクタイでした)、この会に出るときの淀川さんはポロシャツのようなラフな格好で来られていました。
この会に参加して初めて知ったのですが、淀川さんは歌舞伎もよく見られていて、話の中でよく最近見た歌舞伎の話が出てきました。「こないだ見た誰それの何とかはすごかったですよ。」といって身振り手振りを加えて、映画のときと同じように話してくれるのです。
「皆さん、いい映画、いいお芝居をいっぱい、いっぱい観ましょうね。いい小説をいっぱい、いっぱい読みましょうね。いい音楽をいっぱい、いっぱい聞きましょうね。いっぱい見たり聞いたりしてると、自然といいものを見定める力が身についてきます。」
淀川さんがしょっちゅう言っていたことです。いっぱい見聞きしても何も身につかない人もいるでしょう。しかし、習うより慣れろで、数こなすことで眼力が増すことは多いと思われます。
淀川さんは、聴く人をひきつけて放さないその独特のおしゃべりに特徴がありましたが、あの絶妙の「間」の取り方も、幼少のころから数多く観ていた「活動」の、弁士のしゃべりの「間」が身に付いたんではなかろうかと思うのです。
お話の中でチクリ、チクリといやみは言うのですが、それが全く陰にこもらないので笑って聞けました。これも話術のひとつ。
「友の会」に参加させてもらって、あの絶妙の話術で、「食わんがためだけに生きてゆくのも一生、美しいものをいっぱい見て心豊かに生きてゆくのも同じ一生。同じなら心豊かにのほうが得ですよ」ということを教えてもらったように思います。